2011年6月10日金曜日

チョットむかしばなしを、

新商品造りも何時ものように、、、 今回は3角の乾漆のぐい飲み、、売れ筋には多分成らない作品、、?、、ですが、、切っ掛け、礎、、とかヒント、、アイデアの一歩進んで形にして進んで行く過程とでも言える物なのでしょうか、、?

築いて来た物がいろいろ有る様に最近思える様に成って来たのかあきらめの様な思いは有りますね~~新しい物形態、意処とか、、輪島塗を家業にして早30年チョット、、考えて見ると早い物だと、、今まで生きて来た時間、、、それよりも多分短い命をどう生きて行くのか、、チョット大げさな感じですが、、

って、、お世話に成って居るブログで、、
>偏屈で変わり者のの職人に一歩近づいたと、、
>要らんことするな、、
ってのに私も同じだと、、春嘉さんのお話に反応してしまいました、、

もう薄々気が付いて居ますが、、偏屈で変わり物の職人に有る意味成ってしまってるのかも、って、
家業を継いだ時に、決めた事が1つ有りまして、、私は人とは違う事をする、同じ事をしてても面白くない人とは違う、、もうすでにこの時点で、偏屈が始まって居るのでしょうね~~22歳の時です、、

独り言ですから、、気にしないで読み流して下さい、、

親父は、、若い頃戦争に繰り出され満州に、、終戦後、、幾つか仕事を変え本家の4男オジコッパ(末子)で、家は継が無かったが、輪島塗の家業は継いだ、、吉太郎じいじ、、その前の代は和三郎、、輪島の町野白米から、、中門の名前を貰って輪島市内に住んだそうな~~多分農家からの出世だったのだと、、推測ですが、、木地屋を営んで居たようです、、って事は、、4代目なのかも、、家屋敷は継が無かったにしても、、話は前後しますがその中門の名前を頂いた本家本元の方も、、今は亡きですが、、親父と同級生だった、、小学の先生だった、私も習って居た恩師ですが、、嫌だった思い出が有る、、寄りにも寄って、、国語の先生でした、、大嫌いな科目、親切に気に止めて頂いてましたが、事業中教科書を優先的に読まされました、、結構迷惑です、好きな科目なら、、好いのですが、、で、、一つだけこの方が、「本は読むか」と、、私「殆ど最後まで読み終えた本は無いです」と、小学生でしたから、、無酒か、慰めか、、「お前が悪いんじゃ無い、好い本に出会えて無いんだよ~」って、、ほっとしました、、この一言、、文章を読むのが苦手な私に言ってくれました、、

ってむかしばなしは、永く成りそうなので、今宵はこの辺で、、、幾つかに分けて、、お話をさせて頂きます、、(^^v

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